
はじめまして!(^○^)/簡単では御座いますが、自己紹介させて頂きたく存知上げます。
氏 名 末 廣行(すえ ひろゆき)と申します。
少し変わった名字ですね(^^ゞ、何でも父に聞きますと父の出身地である
九州の大分県宇佐市には「末村」と呼ぶ村が、昔は存在したそうです。
現在ではその名残として「末」と言う地名が地図上に確認できます。
生年月日 昭和38年3月16日 大阪市生まれ血液型 AB型
住 所 大阪府東大阪市在住
家族構成 妻、長女(11歳)、次女(10歳)、長男(3歳)、次男(1歳)、実父、実母、に私含め 2世帯住居の8人家族で御座います。(平成20年9月21日現在)


勿論当時既に、日本には「ソフトクリーム」と言う食品は在りましたがその存在は、一部のハイソサエティーを除き、一般国民には、ほとんど認知されておらず(*米国では第2次大戦当時すでに軍隊の給食用として、装甲車大のソフトクリームフリーザーが戦地に携行されていたそうです。)、食品商社の弊社と致しましてもソフト
クリームミックスだけを取扱いましても、それを作る機械がないのでは意味がない!(勿論在るには在りましたが、舶来の米国製!その当時日本でのソフトクリーム製造フリーザー機器の価格はなんと、150〜250万円!!.....現在の価格と余り変わらないのが凄いですね(当時、一戸建て建売住宅の標準価格が約200万円だったそうです。)
と言う訳で超〜素人集団(^^ゞがソフトクリーム製造フリーザー機器を製作する事になりました
........ほとんど無謀ですね(笑)
努力の結果、機械らしい物は出来たらしいのですが、つかいもの には全然ならず、挫折の連続だったそうですが、ことわざにも在ります「田螺の一念岩をも通す!」でついにそれを完成させてしまい、北は青森、南は当時まだアメリカの沖縄にと販路を広げ
一躍食品加工機械メーカーとして羽ばたいたのですが、余りに売れすぎたため皆様も
御分かりになりますように「大手メーカー」の参入により撤退をよぎなくされました。
それ以来、どうゆうわけか食品加工機械メーカーの中に置きましても異色の存在と言われ
関係各方面の皆様に「シルバーさんの造る機械は10年早い!」と言われるような迄になりました
...誉められてるのやら何やら?
少々?長くなりましたが、シルバー産業では現在、Personal-Computerをフルに活用し、インターフェイスとして、音声&画像認識systemを搭載致しました、自己学習機能付の食品加工補助マシンの研究開発から現在弊社の主力で在りますいか焼き器械(鉄板を上下2枚片方だけ丁番で止め、上下鉄板に遠赤外線ガスバーナーや電気プレートヒーター等で熱を加え調理する器具。)」まで、色々とお客様のご要望を満足させるべく日々の研究開発や製造に努力しております。
ちなみに現在の弊社陣容は....実父、私、妻の総勢3名(勿論、中小企業にも満たない超〜!?零細企業(^-^;)で御座います。
......の割には?このようにインターネット網上にバリバリとホームページを更新していたり、西暦2000年度に世界初の汎用型不特定話者仕様の音声認識モジュールの開発をしたり致しますのが正に21世紀的企業だと§^。^§思いませんか〜?.....と言う塩梅です故、各種金融機関の融資審査御担当者様(^^ゞ、並びに公的補助金審査委員の皆様(^_-)-★その節は?(笑)くれぐれも宜しくお取り計らい願います様(^o^)丿お願い申し上げ致します。

特許食品省力特殊機械設計製作
シルバー産業有限会社
代表取締役 末 廣行


